HOME 融資関連 【プレジデントヒストリー】~社長のチカラ~iYell株式会社『代表取締役 窪田 光洋氏』インタビューVol.2

【プレジデントヒストリー】~社長のチカラ~iYell株式会社『代表取締役 窪田 光洋氏』インタビューVol.2

toshi.life編集者

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今回は『福利厚生はコストではなく投資』という言葉が表すように、一般的なベンチャー企業とは毛色の違う社員ファーストな会社風土について窪田氏の思いがどのように醸成されたのかについて迫ってみたい。

――生い立ちについて伺ってもよろしいでしょうか。小学校の頃はどのような子供さんでしたか?
窪田 圧倒的に勉強よりもスポーツが好きな子供でした。小学校では野球とサッカーをやっていて、中高はサッカーをやっていました。勉強に関しては青学を目指したので最低限はやっていたという感じでしたが嫌いというわけでもなかったです。

 

――青学にはどの段階から入学されましたか。
窪田 大学からですね。

 

――なぜ青学を目指されたのでしょうか。
窪田 小学校の時の夢が『社長になる』という物でした。小学生がよくいうのはスポーツ選手だと思いますが、その中で一人だけ社長になりたいって言ってました。それから社長になる夢は成長しても変わらず、経営を学びたかったので経営学部がある青学とか上智とか法政等しか受験ぜず、その中で受かった中で一番魅力を感じた大学が青学だったので進学をしました。プラス笑い話ではありますが、父親にマーチ以上の学校に入れば車の免許代全部出してやると言われました部分も影響してます。(笑)

 

――小学校の時に社長になりたいと思われた理由を教えてください。
窪田 そうですね。父親自身が25歳の時に起業をしていて、32歳の時に方向転換をして、大企業で勤め始めました。会社員になるまではずっと経営をしていたわけです。さらに母親がずっと自営業でビジネスをやっていて、子供のころから社長経験のある二人のそばにいたので「社長になりたい」という夢は親の影響が大きいですね。

 

――子供時代は両親の影響って大きいと思うのですが、ご両親から人生哲学のようなものは授けられたのでしょうか。
窪田 2か月に1回創業者3人で創業者会っていうのをやっているのですが、先日、たまたまその話が出たんですけど、私が社員を幸せにしたいという想いがすごく強いのは、僕が両親から『愛』を溢れるくらいもらっていいたからだと思います。その大量の愛をもらったことが今につながっているよねって話をしていました。

幼少期の窪田氏の家族写真

――そのほかのお二人のご意見はいかがでしたか。
窪田 そうですね。もう一人も大量の愛をもらったので、僕の意見に共感ができると言っていました。もう一人は逆に愛をもらわなかったので、大量の愛を与えて社員を幸せにしたいではなく逆に『不幸せにしたくない』みたいな気持ちが強いってことで、同じように親からの愛をもらわなかった人の苦しいところが見えるという話をしてて、ある意味面白いし良い組み合わせだね。という話をしていました。

 

――愛されたとはいえ『甘やかされた』というわけではないですよね。
窪田 と思います。両親それぞれが正反対で僕は幼少期に父親とあんまり過ごした事がなくて、仕事で昼の3時とかに出勤して朝の6時に帰ってくるみたいな、夜の接待が主の仕事だったんで・・・

 

――人とのつながり『コネクション』を作っていくお仕事だったんですね。
窪田 バブルの時代だったので、すごいときには接待で一晩1,000万くらい使ったこともあるみたいです。バブル時代は父親とほとんど会ったことないですけど、その分母親から大量の愛をもらっていました。一方であんまり会ったことないからこそ父を神格化して、父親に対して憧れみたいなものもあります。父親みたいになりたいなという気持ちもありました。それはすごくバランスが良かったんじゃないかなと思います。

 

――週末もお父様とあんまり過ごす時間はなかった
窪田 そうですね。朝6時とか7時に帰ってくるので、土曜日はだいたい夕方まで寝ていました。でも、接待ゴルフとかはいかずに日曜日は僕のサッカーの試合とかがあるときには毎回見に来てくれていました。

 

――過ごす時間は少なくても自分の事を愛してくれているというのは感じておられましたか
窪田 そうですね。それは感じていましたね。疲れているだろうけど、毎週日曜日はサッカーの試合に朝早く起きて車で連れてってくれて、試合中は横でずっと見ていてくれて、帰りに車で『あそこのプレーはよかったぞ』とか、そういうのはありました。そういうところで父親の不器用な愛は感じていました。

 

――窪田さんご自身が経営者となられた現在、お父様とはどのようなお話をされますか
窪田 実は父親は昨年亡くなってしまいまして、最後の方はかっこいい父親から、いい言葉が出てこないのですが、ニュートラルに横並びになって、自分が護る対象な父親に代わっていきました。ある日、父親から堂々と『これからはお前がもう一家の大黒柱だから、よろしくな』という風に言われた事がありました。私には妻と息子がいるのですが、自分が一家の大黒柱になって親二人も健在だったので、護らなきゃていう覚悟が生まれたというところはあります。

 

――お母さまからの愛情というのを言葉で表現していただくというのは難しいですよね。
窪田 いや、すごく面白いと思っているのは、昨年、父親が他界したというお話はしたと思いますが、父親はバブルの時代の男なので、『強い』んですよね。で、母はバブル時代の女性なので3歩下がってみたいな女性なんですね。で、父親が亡くなった際に僕が母に言ったのが『もうこれからは自分自身の為に生きてみたら?今、一番何がやりたいの』って聞いたら、最初の答えが「孫と遊びたい」って言いました。『いや、そうじゃなくて好きな服を買いたいとか、おいしいものを食べたいとか、世界一周をしてみたいとかそんな事でいいから、家族の事は置いといて一番何がやりたいの』って聞いたら、「カンボジアに学校を作りたい」って言うんですね。もうだめだこれと思って。(笑)それを聞いて思ったのが、この人は自分の為というよりも、人に何かをしたいんだな、ってことですね。この愛情を受けて僕も育っているので、やっぱり僕もカンボジアに学校を作りたいんです。なので受け継いだ親の愛情に対するDNAが他人を幸せにするっているDNAなので、僕はもう他人を幸せにしない限り、生きがいがないっていうそういう思っています。

 

――お話を聞いて感じたのが、窪田さんの中に深く他人を幸せにしたいというDNAが組み込まれていて、それが会社という形になったときに社員さんを大切にするという現在の方針に現れたという事ですね。
窪田 そうですね。社員を大事にしたいという気持ちが大きいので、その一つの手段として福利厚生があるという形です。福利厚生や表彰制度で、社員が喜んでモチベーションが上がるものをひたすら用意していきたいと思います。

 

――モチベーションと言えば社員が失敗をした際にどのような対応をとられるかで、その後の失敗した社員自身のモチベーションも大きく変わると思います。社員の失敗に関してはどのように向き合っておられますか。

窪田 まず前提として失敗はいいことだと思っています。なぜなら失敗は挑戦から生まれるものなので、失敗した時はまず挑戦をしたことを褒めています。新卒社員には失敗の量がKPIだと伝えているくらいです。ビジネスにおいて失敗は誰しもあります。失敗があるからこそ人は成長をしていきます。なので社員が失敗をした時は、なぜそれが起きたのか、同じ失敗しないために どうしたらいいのかを考えさせます。失敗を怒鳴って怒ったとしても、その人にとってプラスなことは何もありません。逆に新たな挑戦をすることを恐れるようになり、成長が止まってしまいます。なので、トライアンドエラーを繰り返すことで、社員が成長していけるように、アドバイスを行っています。

――窪田さんがこれまで行われてきたご自身に対する投資というのは何がございますでしょうか。
窪田 独特なんですが、一つあります。『お金があろうがなかろうが、電車に乗らない』タクシーに乗ります。ここ3年くらいはタクシーを利用するようにしています。いかに自分の時間の生産性を高めるかっという事は自己投資だと思っています。自己投資の本質って何かというと自分のレベルを上げる事で、同じ1時間でもその価値を上げていく事だと思うんですね。例えば今までやれなかったことが自己投資して勉強をすることで、やれるようになって同じ1時間でもパフォーマンスが最大化できるようになる。人間にとって時間は平等なので、つまり孫正義さんも僕も一日同じ24時間です。だから一日24時間の質を高めるための自己投資というのは皆やってると思います。しかし時間の量はコントロールできないので、その質をどうコントロールするのかなって言った時に僕が毎日通勤で電車に乗っている往復1時間を全部フリーな時間に変える事で1時間空けることができる。起業したてでお金がないときから、ずっとタクシーに乗って勉強に費やしたり、お客さんへの電話に使ったり、しています。電車だったらお客さんに電話はできない。そうすると、その1時間でチャンスを逃してしまう可能性がある。でも往復1時間をタクシーにしたところで約6,000円とかなんですね。月間約20日、12万の自己投資。1日1時間取引先と電話をしていれば、僕は100%、12万円以上は稼げる。そうするとタクシーに乗り続けて電話をし続ける方がよっぽど生産性は高い。僕もかつては一般的なサラリーマンと同じ思考回路で『タクシーもったいない』と思っていました。電車とタクシー移動時間が同じ10分。だったら電車を選んでいた。今は考え方として10分というところを見るのではなくて、電車という自分の行動に制限がかかる場所に身を置く事はなるべく避けてます。

 

――その10分の間に自分の行動に意味と結果を伴わせることができるという点がすごいと感じました。
窪田 そうですね。流石に100発100中は無理ですけど、3人くらいに電話をしたらそこで100万円くらいを稼ぐ道筋はあります。例えば先日もランチの際に電話がかかってきて「10分電話をしてくる」と離籍をして、電話した結果2,000万円の売り上げが決まりました。つまり10分で2,000万円の売り上げを満たす人間だということで自己認識をするようにしています。

 

――そのお考えに至ったのは起業をされてから
窪田 そうですね。起業してからですね。僕の中で起業してからタクシーに関する考えが2段階に変わってきて、『サラリーマン思考』は「タクシーもったいない」、『雇われ社長』は「タクシーは意味があるなら乗る」例えばタクシーに乗って電話会議をやるといった風に意味があるなら乗る、という形。次にこれが経営者だと思うのですが『経営者』は「タクシーは意味がなくても乗る」イコール何があるかというと、「乗ったら意味を作る」。こういった思考回路になるとタクシーに乗らない理由がないんですよね。

 

――具体的なエピソードは何かございますか。
窪田 先日、夜の9時ごろに羽田空港に帰ってきて、羽田空港から電車で家まで30分くらい、タクシーでも30分くらいなんですね。その時点では敢えてタクシーに乗る理由ありませんでした。しかし『ちょっと待てよと』と思って、「とりあえずタクシーに乗ってみてようかな」とタクシー乗ってみて、昔のフェイスブックのメンバーを見ていると、この人最近連絡してないから連絡しようと思いたちました。その中で3人ほど連絡をしてみたのですが、そのうちの1人から「そういえばこういう事で困ってるんだけど、できない?」という話を頂いて、それが仕事になりました。ていう風に考えると意味がないから乗らない。ではなくて、自分で無理やりにでも意味を作るというのが「経営者の仕事」と思って、それから何が何でも絶対タクシーに乗るようにしています。

 


――人生哲学、座右の銘のようなものはございますか。
窪田 『何をやるかよりも、だれとやるか』ですね。僕、映画とかあんまり見ないんですが、大事な人に映画に誘われたら、映画の内容はどうでもよくて、一緒に行く人が好きな人だったら行く。それだけなんですね。この言葉を大切にするようになったきっかけに、この会社を一緒に作った私の師匠の淡輪 敬三(タンナワ ケイゾウ)という方がいます。外資系の有名コンサルティング会社に務められていたんですけど、彼がその話をしていて、僕がそれに共感をしてずっとその経営方針で行こうって思ってますね。

 

――これからの夢は何がありますか。
窪田 僕、すごくダサい人間だと思っていて、自分の夢とかないんです。それが僕のパーソナリティかなと思うんですが、社員に夢を全部書いてもらっていてるんですが、そのすべての夢を実現することが僕の夢です。自分がお金持ちになるとか、有名になる等自分自身の夢にはあまり興味がありません。今は社員の夢を毎月朝礼で進捗を確認して、叶っていない場合はリスケをしてもらったり、叶っている場合は讃えたりをしたりしています。その社員の夢一つ一つをコンプリートしていくっていうのが僕の夢です。

 

――この社員の夢を共有するというのはいつから始められたのでしょうか。
窪田 なぜ始めたかは定かではないですが、創業時から構想はあって、現在の社長室副室長が入社した時に最初にお願いした仕事がみんなの夢をまとめてくれという仕事でした。

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――社風として新しいものをドンドン試していくという社風がありますよね。
窪田 それはありますね。ただ新しものにチャレンジをするっていう部分はありますけど、あくまで当社の軸となるサービスからは逸脱しない範囲ではあります。それはなぜかというと、僕がいつも言う言葉に『半歩先を行くテクノロジー』という物があるんですね。1歩先を行ってしまうとマーケットが付いてこれなくなってしまう事がある。例えば今やっているFAXでのやり取りをチャットに変えるとか。それくらいの半歩先という匙加減ではないと独りよがりなサービスになってしまう。開発チームにもそういう指示を出しています。だからこそ突き抜けた先進性といったものよりも、具体性があってマーケットが付いてこれる、新しいものにはチャレンジする社風はあると思います。

 

――尊敬する人物を教えてください。
窪田 尊敬する人物ですか。難しい質問です。パッと思い浮かぶ人で4人ぐらいの中から誰かかなと思っているのですが、私の前職のSBIという会社の社長で北尾吉孝(キタオ ヨシタカ)氏と住信SBIネット銀行という会社の社長をやっている円山法昭(マルヤマ ノリアキ)氏この二人には20代から30までは一番お世話になって、育てられました。30から現在にかけては先程も言った淡輪敬三氏との出会いがなければ、僕は起業をしていなかったので、彼と出会ったおかげでこのイエールという会社あります。そう考えると起業のきっかけをくださった淡輪敬三氏ってのが一番です。

 

――皆さん、リーダーシップをとって社会に対して価値を提供しようとされておられる方々です。そのような方々とお仕事をされてきて影響を受けた部分はございますか。
窪田 直接的な影響かどうかはわかりませんが、皆さん「公人」としての社会に対する責任というものを大事にされています。僕自身も当社でCSR活動やSDGs等の取り組みについて検討をしています。影響という部分では亡くなりましたが、先にもお伝えしたように父の背中というのはいまでも追っています。どこまで行っても、もう父親に面と向かって言う事はできないですが、いつか「よくやったな」みたいな事は言われたいなとは思っています。

 

――本日は貴重なお話ありがとうございました。

氏をインタビューしていて持ったイメージはリアリストだ。リアリストとは『現実に即して物事を考え、また処理する人』という意味がある。ではなぜ氏をリアリストだと感じたのか?それは『受け入れる覚悟』『愛する覚悟』を感じたから。氏は起こった事や傷つく可能性がある事でも愛情というフィルターを通して『受け入れる覚悟』があると感じた。愛するという事は、それが人・物・出来事にかかわらずリアルを受け入れるという事。

起こった事、起こることをあえて受け止める。そして受け止めるのであれば自身は傷を負う事があってもそれが『愛するという事であり』『愛する覚悟』があるという事ではないだろうか。

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